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茨姫と僕
「春秋〜三国くらいを舞台にした、王子の視点から書いた中華風茨姫」の書き出しに出来ないかと思った次第です。
なので、しれっと何処かに続きが出て来るやも。
お題:鋭い道 必須要素:1200字以内 制限時間:30分
 そこは、険しい谷底にある一本道のような国だった。

 自然の要塞とでもいうのだろうか。
 左右を前人未踏の山脈に守られた、ウナギの寝床のように縦に続く、人工百人にも満たないその国は、うねうねとくねる蛇腹の婉曲に、国民の家がある。

 急な山の斜面を切り開いて作られた畑と、その、道であり住処である一本道しか無い場所で、けれど、それぞれの家が、道の急な曲がり角に沿ってある山肌と、それによって出来る猫の額程の庭に埋められた生け垣に仕切られている為に、意外と個人の尊厳は守られている。

 つまり、前の曲がり角の家から隣の家は見通せないし、道――曲がり角においては民家の庭先――を通過する人間にも、その家の中は生け垣に仕切られて見えない。

 なので、ここより国土のある大国のスラム街に群がる貧民よりも、この国の国民の暮らしぶりは穏やかなものである。
 食料こそ少ししか取れないが、正面の門さえ突破されねば攻め込まれることはまず無いし、領主たるお国王が、この山でしか採れない薬の材料を集めて輸出しているおかげで、年に一度は贅沢が出来る。

 その代わり、国に納め、己らに許された以上を乱獲する密漁には厳しい罰が待っているが、その代わりに人頭税も安く、欲さえ掻かなければ、大国の平民ほどの暮らしは保証出来ると、馬を引く彼女は笑っていた。


 そう、この国を更に牧歌的に見せている要素に、道の前に家があるという関係上、土埃を極力抑える目的として、門を潜ったら最後、その内側で乗ることが出来るのは牛のみ、馬を連れる場合は引いてあるかねばいけないというものがある。

 いや、正確には『あった』と言い置いた方がいいのかも知れない。

 とかく、彼女と俺はその日、海沿いの大国の学都から、ほぼ大陸を縦断してここまで乗って来た愛馬を降り、ポクポクと牧歌的且つ一方通行の城下町を歩いていた。

 彼女の帰省に付き合うと言ったのは俺の方だし、俺としては彼女と歩けることに関して、何ら異存は無かったので従った。
 彼女には、「坊ちゃんが徒歩で山道を上れるなどとは思わなかったわ」とからかわれたが、そのからかいも含めて、俺には心地良かった。

「おや、公主様じゃないか」
「お帰りなさい公主様!」

 などと、道を曲がる度に通りがかる家々から、一声ずつ掛かり、彼女を認めた国民が、次に、俺の方を探るように見て、何か恵心した様子で頷く様は、些か恥ずかしいものだったが。

「……君が、漢族の正装などするから悪いんだ」
「だって、元首に会うのに普段着という訳にはいかないだろう」
「それは、そうだが……」

 普段の、麻衣獣の上着と下履き、それに獣の皮で作った防具と馬具という、馬賊のような格好を脱ぎ捨て、腰に袴だけでなく正式な裳まで巻いた、学校の式典でしか見せない娘らしい正装をしていることを棚に上げ、頬を野薔薇の色に染める彼女を存分に堪能し、にやけながら谷底の上り坂をゆったりと登り切った先。

 そこには、二つの切り立った山に夾まれた標高の低い丸い山の麓を切り開いて作った平地と、この、谷底の緩やかな山道と、その終点にある低い山しか土地を持たない、この国の王の館が建っていた。
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