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ひよこと狼の続き
お題:愛の海 制限時間:15分 文字数:835字
もしかしたら半年ぶりに完結したかも知れない。
「待って、待って下さいまし!」

清史郎のそれは男の足での早歩きあるので、着いて歩く年端の行かない少女である雛子の足は必然、速足になる。

しかし、遠目に見かけた清史郎に走り寄った先ほどと違い、息も整え、慣れ親しんだ清史郎の歩みと己のペース配分とを十二分に理解した足並みと呼吸は今度は乱れることは無い。

清史郎を見失わない、だけど己の体力に訴え無い適切な距離で清史郎の後をついて来る。
……こうなると、雛子を捲くことはまず無理であるということを、今から十年程前、よちよち歩きだった頃から、昨年尋常小学校から女学校に上がるまでの間、彼女の叔父である師範の代わりに彼女に剣術を説いて来た清史郎はよく知っていた。

しかも、時刻は役所や会社、学校の帰宅時間でもあり、近頃めっきり少女らしくなった雛子が、子犬のように泥だらけになりながら清史郎に着いて歩いていた頃から知っている近隣の住人が、夕涼みの次いでで、雛子どころか三十路に近づこうという清史郎にまで、幼子を見るような生ぬるい視線を向けて来る。

明らかにていのよい見世物である。いたたまれない。

なので、それこそ彼の憤りと同じくらいに深かろう井戸に差し掛かったところで、清史郎は仕方なく足を止めた。

そして、同じように足を止めると共に間断なく後ろかれ己の腰に抱きつこうとした雛子を避け、体制を立て直される前に小脇に抱える。

「……足捌きも体力も十分鈍っていないのは分かりましたが、着いてきてももう稽古は付けませんよ」
「見て覚えるから構いません!」

キラキラと目を輝かせる雛子に、清史郎は器用も雛子を小脇に抱えて押さえつけたままに溜息を吐いた。

「……女人である貴女に教えることも、覚えることももう無い筈です」
「いいや、沢山ある!」
「……言葉遣いが戻っていますよ」
「あっ!」

むっと口を両手で押さえ、さぁどうだと己を見上げて来る癖は幼い頃から変わらない。

なので清史郎も変わらず、大げさに一度、頭を振ってからその身体を解放し、

「いい加減にしろ、このひよっこ!」
「いたいっ!」
「もう僕に構うな!」

幼い頃の、よく兄弟子に軟派だとからかわれた言葉使いで答え、雛子の小さな額を爪の先で軽く弾いた。
 
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