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二人の永遠の夏休み
> 蛇足編 > うーちゃんの話 > 2
2
王様云々は、某漫画から着想を得ています。
この状態のうーちゃんは結構なキメラアント状態でして。
あのね、ちぃちゃん、僕はね、思うんだ。
生きるっていうことは――命を得て、自分の身体を自分の意のままに操るということは、その肉の器の何処かにある王座に座って、王冠を頂くことなんでないかと。
そういう意味ではね、僕は、二度の戴冠式に出席したことになるのかな……五歳の僕は、身体を奪われて、みんなが安心して座っていられる王座から、引きずり降ろされてしまったんだ。
その後は、僕の中に起こる嵐にかき回されながら、熾烈な王座の争い。あのね、ちぃちゃんのお母さんがね――博士がね、あんまりに欲張って、色々な物を僕に合成したからね、僕が分からなくなってしまったの。
最初の五年、僕の頭にあった王冠には『僕』の名前と、男の子であることと――ただの、混じりっけの無い人間であることが書かれてた。
でも、それはドロドロのぐちゃぐちゃに踏みつけられて、何だか分からない形になってそれで――どっかに行ってしまったの。
だから、王座の下に広がる混沌の中で、僕は熊だったし蛇だったし、狼だったし狐だったし……鮫や鯨になりかけた時もあったかも知れない。
あの頃の事は曖昧でね、上手くさ、言えないんだけどね……なんていうか、複数の動物の頭がある一匹の生き物になった感じだった。 なのに、身体は一つ――しかも小さな男の子の分しかないからね、沢山の頭のそのうち、どれかが目を覚ますとね、あとの全部は意識が薄くなるの。
でも、あいつらは狡いんだ。
あ、あいつらってね、僕の他の頭のことなんだけどね。
あいつら、痛い注射や点滴の時にだけ、僕を前に押し出すの。だから僕は痛いことを一杯された。でも、痛くて気絶したらまた他の奴らに変わられちゃう。
そうして、変わったあいつらはね……えぇと、なんていうかな、けだものだから、さぁ。
人に噛みついたり、引っ掻いたり、涎垂らして唸ったり――なんてまだ可愛い方で。
どうやら、その辺に糞尿を撒き散らしたり、いきなり服を脱ぎ出したり……人間だったら恥ずかしいこと、一杯していたみたいなんだ。僕のこの身体で……僕の顔で。
それでさ、あのけだものども、けだものらしくずる賢くて、捕まって首を絞められたり、動物にやるみたいにして、遠くから麻酔針なんかを打ち込まれた時に限って、僕に変わるんだ。
まるで僕が、今まで理性を失って、けだもののフリをしてたみたいに……酷いよね、ねぇ。
まぁ……今はみんな居なくなっちゃったから、責めることも出来ないんだけど。
だから僕は、点滴や注射の時以外は、外側の皮ベルトで着せたまま両手を縛れる袋のような服や、ベッドについた鎖なんかで、誰も居ない部屋で首以外動かせない状態で転がされていたみたい。
……あーっ、やぁだな。思い出しちゃった。どーしよう、あの頃の記録と形跡、みんな爆発したと思うんだけど。どうしよう、ちぃちゃん、アレを見たら僕のこと、嫌いになっちゃうかも。
お願い、お願いだから嫌いにならないでねちぃちゃん……! 今の僕は、そんなこと絶対にしないからっ。
そう、僕は、ちぃちゃんが居れば僕で居られるんだから……大丈夫、大丈夫だよね。
あのね、僕はね、青あざだらけになった腕に新しい注射を打たれながら、試験管の向こうからにやりと口を歪めた博士を見ながら――あぁこれは、僕の中に居た誰かの記憶かも――とにかく、自分の知ってる単語を呟き続けることで、頭に浮かんだ言葉をそのまま口にすることでそれに耐えたよ。
知ってる単語を組み合わせた言葉遊びだったりね、頭に浮かんだ名前を組み合わせて長い名前を唱えたり。
でもね、最初に一杯あった言葉はどんどん消えてったんだ。
そうしたら、最後に一個だけ残ったのが、人の名前。だからそれをお守りとして、僕は何度も何度も唱えた。
それは、僕の唯一の財産で、だから、僕の全部だった。
「ねぇ、ちぃちゃんはどこ? ちぃちゃんってだれ? 教えて博士」
って、馬鹿みたいに何度もなんども。それでも痛いのに慣れて、やがて、眠くなってしまう。
そうなったら、僕は怖くて仕方なかった。次に目覚めた時も、僕は僕なのか、もしかしたら、ずっと覚えている「ちぃちゃん」って言葉も忘れてしまうんじゃないかって。
だから、意識が薄れる度、何度も何度も、誰かに願った。それは自分だったかも知れないし、他の奴らにかも知れないし、神様にだったのかも知れない。
何せあの頃僕は、君の名前しかね、それが名前ってことも分からないくらいたったのにね、知らなかったから。
「お願いです、ちぃちゃんのことを教えて下さい。ちぃちゃんを僕からうばわないでください。次に目覚める時も僕は僕でありますように」
――でも、僕は、何て名前だっけ。僕が支配しなくちゃいけない僕の身体は、何て名前なんだっけ。
ある時ね、そんな風に思ったのが良かったのか、それとも僕がいよいよ駄目だと思った博士が無理に別の腕に挿した点滴の薬が良かったのか、沈んだ僕は夢を見た。
……ちぃちゃんの、夢を見た。
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