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二人の永遠の夏休み
> 蛇足編 > ちぃちゃんの話 > 4
4
「――ちゃ、ん」
「うーちゃん……?」
小さく呼ばれた名前に、ちぃちゃんは、うっすらと目を開けた。
ぼやける視線を何度も瞬きして凝らすと、ちぃちゃんの頬に一つ、ぽろりと涙が零れる。
「あぁ、零れちゃった」
「……ん」
それをぺろりと舐められて、ちぃちゃんは自分の目の前にある綺麗な顔が、うーちゃんのものだと分かって、ちぃちゃんは珍しく――本当に珍しく、赤ん坊のようにへんにゃりと笑ってから、小さく首を巡らせた。
うーちゃんを抱えて撫でていた筈のちぃちゃんは、うーちゃんの横でいつの間にか子猫のように丸くなって眠っていた。
それを、いつの間にか目を覚ましたうーちゃんが、抱えるようにして、ずっとちぃちゃんの顔を見ていたらしい。
ちょっと頭を上げてみると、横になったうーちゃんの向こうにある、カーテンの掛かった窓の外はまだ暗くて。
それがちぃちゃんには不思議で、思わず首を傾げ眉間に皺を寄せてみた。
いつもうーちゃんはこうなると、朝になるまで手足の自由が利かない様子なのに。まだ暗い今、ちぃちゃんの身体に腕を回して添い寝している。
「……」
「うん、もう元気だよ?」
ちぃちゃんがちらと物言いたげに視線を合わせると、うーちゃんはそう言って肩を竦めて悪戯っぽく笑う。
「……」
ちぃちゃんは一層不機嫌な顔で眉間に皺を寄せ、非難を込めてうーちゃんを睨み、自分の肩の上に置かれたうーちゃんの手を両手で掴み、力一杯爪を立てた。
「ふふっ、ちぃちゃん。いたぁいよ、爪の跡ついちゃう」
「……」
「僕はちぃちゃんに貰える物はなんでも嬉しいけどさ」
そう言ううーちゃんの手は、どんなに力を込めても、指先一つとして、ぴくりとも動かない。
それにちぃちゃんは益々眉間の皺を深くして、うーちゃんの手を口元に引き寄せて、がぶっと噛みついた。
「だぁめだよ、ちぃちゃん、ばっちぃよ」
「……んぐ」
そうは言うものの、うーちゃんはクスクスとくすぐったそうに笑うだけで抵抗も何もしなければ、空いた方の手でちぃちゃんを諫めようともしない。
ちぃちゃんは力一杯顎に力を加えたけれど、それも長くは続かなくて、ついに口を離して、ベッドの上に俯せに突っ伏した。
普段、そうすると子猫か何かにそうするように、ちぃちゃんの頭や背中を撫でる手は、今日はやっぱりだらりとシーツに落ちている。
「……ちぃちゃん、ご機嫌斜め?」
「……なんで」
「ん?」
「うーちゃん……腹筋、だけ……」
うーちゃん、腹筋だけしか動かないでしょ。
と、そう言う代わりに、ちぃちゃんはシーツに額をすり付けてうーっと唸るように息をついた。
そのちぃちゃんの上に、いつもの手のひらの代わりに、こてん、と、俯せに寝返りを打ったうーちゃんの胸と頭が乗っかった。
昔は重たくてちぃちゃんを全身で包んだその体温は、今はちぃちゃんとほぼ同じ位置で、ちぃちゃんの上に重なる。
「うん、僕はちぃちゃんの為なら何ぁんでも出来るんだよ」
ちぃちゃんの旋毛の上に乗ったうーちゃんの額は、愛しくてしょうがない動物にするかのように、スリスリとすりつけられた。
「……」
「ちぃちゃんがちぃちゃんなら、僕はなぁんでも出来るからいいの」
ちぃちゃんは、どうしても何でも十代のうちに言い飽きて、もう完全に擦り切れてしまっていたので「そう」とだけ言って、蛇のようなうーちゃんにのし掛かられたまま、また目を閉じた。
「……ちぃちゃんがいるから、僕は僕なの」
ちぃちゃんの上でほうと溜息を付きながら、うっとりとちぃちゃんが呟いた言葉は、安心と人肌の温度で再びうとうとし始めたちぃちゃんには届かなかった。
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