> わたくしとロメオ様の夢 > 10
10
「いたぁ……やっ、あっ……はあっ……はぁーっ!」
「はぁっ……あ、っ、すまない、すまない本当に……っ!」

 痛みに思わずのたうちそうになった身体は、押し広げられた太股に思い切り重を掛けられた事で簡単に押さえつけられ、突然のことに上がった息は、私の頬を撫でるロメオ様の手の冷たさと、すぐ耳元で聞こえる、余裕の無い荒い吐息と、その間に交ざる謝罪の言葉とに霧散しました。

 何度も意識してゆっくりと呼吸をし、内臓をこそげ取ろうとするような痛みが消え、ピリピリとした痛みと火傷のような熱さだけが残るようになって、私はいつの間にかきつく閉じていた目を、ゆっくりと開けました。

 そこには、吐息の届きそうな私と同じように苦しげに息を整える彼のお顔があり、苦しそうなその唇からは時折荒い息が漏れました。

「……ロメオさま、も……っ、苦しいの…ですか……?」

 私の上に重なる彼が何をしたのか、私は朧気にしか理解しておりませんでした。

 でも、このような行為を『一つになる』とか『重なる』と表現することがあるのですから、もしかすれば、私が苦しい分、ロメオ様も苦しいのかも知れません。

 嗚呼、慕う殿方を、いつか一緒になりたいとさえ思う殿方を苦しませることしか出来ないなど、私は何と酷い女なのでしょうか。
 彼は、私に全てを賭けて下さる程に、私を欲しているというのに――それと同じほどの情熱を私の身体は持てないというのでしょうか。

「ごめんなさいっぁ、ロメオさま……私が、痛いばっかりに、ごめんなさい、ごめんなさい……」
「っッ……!」

 そう思えば、己がふがいなくて情けなくて――私は、今にも焼け落ちてしまいそうな腹の内の痛みよりも、悔しさに涙して、ロメオ様の背を何度も何度も撫でながら、ついに泣き出してしまいました。

 ごめんなさいを繰り返し、スン、スン、と洟を啜り幼子のように泣きじゃくる私に、ロメオ様は何を思ったのか、その胸に顔を押し付けた私には分かりません。

 だけれど撫で擦る背中は私の手の動きに合わせてびくり、びくりと震え、その上荒い息は益々と荒くなりましたので、慰める筈が更なる痛みを与えてしまったのだと思った私は、痛みと混乱とで、いよいよどうして良いのか分からなくなりました。

「ごめんっ、ジュリエッタ……」

 だけれどその時。彼は、その背に回していた私の両手を取り上げ、己のそれと、指を絡め合うようにつなぎ合わせ。
 そうして私の額に額を寄せて、涙でぐしゃぐしゃになっているだろう私の顔を、さも愛しげに覗き込みました。

「……ごめん、ごめんっ、ジュリエッタっ! 優しくするだなんてそんなこと、無理だ……気持ち良すぎて」

 最後の一言は、まるで秘密を打ち明けるかのようにして、私の耳元でぽつん、と、涙の滴のように鳴りました。

 そうして、いよいよ混乱を極め、己のふがいなさを呪っていた私は、とうとう彼のその言葉に縋って、洟を啜り、未だ涙を溢れさせながら、こう言い返しました。

「いくらでも、どうぞ、いくらでも気持ち良くなって下さいませ……私、は、あなたの、ジュリエッタなのですから……あぐぅっ!」

 ――それが果たしてどのような効果をもたらしたのか。
 その一言と共に、見上げる彼の目の色が変わり。同時に、今まで段々と慣れていたヒリヒリとした痛みを訴えていた花弁が、また一層強い業火で炙られたかのように痛んで、おまけにぐぐっと、尚更奥に内臓を押し上げられるような圧迫を得たのです。

 内側から外側から、身体を押しつぶされるような痛みに私は長くみっともなく悲鳴を上げ、押さえつけられていた脚も、びくり、びくりと痙攣しました。

 だけれど、荒い息の中、私に許しを請うた彼は今度こそ私を許してくれず、握り合った両手になお一層の力を込めて、ぐっ、ぐと、私の脚の間の花弁へと腰を押し付けました。

 その度にぐちぐちと鳴った鈍い音は花弁の垂らす蜜でしょうか……私の花弁は、焼かれる熱を冷ます為に、先ほど頬に塗られ、舐め取られた蜜に塗れて、恐らく何度も塗り込まれてぬめぬめと輝く光沢を得た、あの浮世絵の辰砂のようにいやらしく赤く粘ついているのでしょう。

 その様と、先ほど、頬に塗りたくられた蜜を舐め取られたその瞬間に強く感じた腰の疼きのことを思い出した途端、今まで焼かれ広げられる痛みだけだった腹の奥に、今までで一番強い電気が走って、私は花弁に着き込まれた灼熱を帯びるそれを、ぎゅううっとまるで絞り上げるように締め上げました。

「はぁっ……あああああんっ!」
「ぐっ、あぁぁ……ううっ……!」

 その瞬間、呻いた彼は一層に荒くなった息を整えながら、更に、ごめん、ごめんと、まるで悪事を咎められた幼子のように一心不乱に言葉を重ねました。

「次に君に会えた時には、きっと気持ち良くしてあげるから、だから――」 

 その後早口で捲し立てられた言葉は、残念なことに、ぐっぐっと何度も抜き差しされ、焼けただれた皮膚をこそぎ落とすような動きを先ほどよりも早く、深く行われた際の水音と、痛みに遠のく私の意識には届きませんでした。

 何度も抜いたり刺したりをされながら私は、許しますとか、お許し下さいだとかを、まるで酷い傷が膿んで起こる高熱に浮かされたかのように、何度も何度も唱え、重ね合わさった彼の五指を握り返して耐えておりました。

「あっ……っぁ……! ジュリ、エッタ…あぁっ……!」
「ぁ……ロメオ、さま……みずきさま……あつ、い……」

 それが四半時か一刻か――どれ程続いたのかは分かりません、だけれども、身を焼く傷みも、熱に浮かされたかのような彼の顔を見上げ、揺さぶられるうち殆ど消え、ぐちゅぐちゅと猥雑な音と共に焼けただれた内側の壁の執拗に刮げ落とされる度に痒みに似た強い疼きを覚え、それに気付いたロメオ様がそこばかりをいじめ始めた頃。

 一層早く内部を擦り上げられたのと共に、腹の奥を炎で直に炙られているような熱さを感じながら、私は意識を落としました。
 ――あと少しで、何かが満たされたような物足りなさと、こうして内も外も重なり合った彼へと覚えた一層の離れがたさから、彼に手を伸ばし、必死に瞼を開けようとしながらも。

 私の意識はまるで、泥濘に足下から引きずり込まれるように、彼の声も、ジンジンとした痛みを訴える身体も、置き去りに沈んでいきます。

「愛しい人、これで暫しの別れだ……頼んだ、よ?」

 そんな彼の声と、額への優しい接吻の感触を最後に――私は夢から醒め、そうして戻って来たのでした。
 彼が、私を彼の物にしてくれた、彼を私に全て捧げると誓ってくださった――愛しいロメオ様が居ない現世うつしよに。
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