> わたくしとロメオ様の夢 > 8
8
話の核が見えました。
ここでタイトル回収です。
「――、っ。――」

 私はロメオ様と違い、語学に明るく無く、授業で習う英語さえも覚束ない為に、独逸語か、仏蘭西語かは分かりません。

 だけれど不思議な音律のソレは、まるで今まで秘密の逢瀬の中で諳んじて来た詩のように美しい音律で。

 私の胸に有るはずの伽藍堂に時に大きく、くぐわんぐわんと響き、時に蠢動をする蛇のようにのったりと、私の身体の奥を目指して、何ともいえない感触と共に這い込むのです。

 内側から、疼く乳房を、触れ合ったお腹を、唇を、まるで豆腐を強く揺らして崩して行くようにとろかして、腰――この際だから言ってしまうならば、特に下肢の付け根の部分を――痺れさせて行くのです。

 このままずっと聞いていたのなら、特にぽかぽかと、まるで温水にでも漬けられたのように熱くなって行く、お腹の中から溶けて、別の生き物へと変化して行くかのような恐怖を感じました。

 ――早く、口唇の結合を外さなければ、この言葉を吐き出さなければ。
 そうしなけれな、私はたちまちのうちに、身体の中を虫のように這い、お腹の奥を溶かすこの言葉達に作り変えられてしまう。

 何度も、何度もそう思いました。
 拒否をしなければいけない。
 この言葉を聞いてはいけないと。
 けれど。

「――っ、ぁんっ……んっ――」

 気が付けば、私はいつの間にか自由となった彼の手に、彼の胸と触れ合った僅かな隙間の中で乳房を揉み込まれながら、先ほどまでチュウチュウと吸い付かれていた乳房の先を先ほど吸われた時のように引っ張られながら。

 その度に身体の隅々を流れる電気にびくん、びくんと腰を跳ねさせ、自由になった腕でその肩に縋り付きながら腰を押し付け。

 まるで、そう啼くように調律された楽器のように彼の繰り返す音律を、その言葉を、まるで自ら上がった人間が初めて取り込む空気のように。

 彼の舌を、先ほどからされ続けていたように自分の口の中に貪欲に吸い込みながら、気付けば同じように口を動かし、彼と同じ言葉をつっかえつっかえに唱えておりました。

「――、あぁんっ! ――! ――っ」
「うっ……。――っ、――!」

 全く分からない、ともすれば歌のように響くその旋律は、全く言葉としては聴き取れませんでしたが、それでも。

 ぎこちなくも、理解出来た音だけを何度も繰り返す毎に、彼の手は褒美でも与えるようにして、私の頬を、腹を、臍を、腰を、とにかく色々な場所を撫でて下さいました。

 その度に彼に触れられる嬉しさに酔い、無我夢中で呪文を何度も唱え返し、高い声を上げれば上げる程に、その撫で方は段々と、いつもの猫を撫でる時のような繊細さを無くし。

 私の身体を、まるで自分の物に触れるように遠慮会釈なく、だけれど的確に痺れを増幅させる所に触れるのです。

 そうして、彼の吐き出す言葉が、生み出す電気が、私を千々に乱れさせれば乱れさせる程に、私の言葉を吸い込む彼も息を荒げ、私が押し付ける腰に、腰を押し付け返して揺らしたり、時折感極まった様子で長い吐息を吐き出すのです。

 私はそれが嬉しくて嬉しくて、一層、彼の吐息や反応を吸い出そうと、もっと私の言葉を、反応を、私の知らない私を、吸い込んで、喉を鳴らして飲み込んで欲しいと。私は益々に乱れ、魚のように身を捩らすのです。

 そうして――イヨイヨ最初から最後まで、淀みなく発した呪文が、最後までつっかえることなく、彼の口の中に飲み込まれたその時。

「んっ……ぁあんっ!? な、何を!!」

 一層深さと角度を変える接吻に酔いながら、ふと唇が離れた時、私は一瞬、自分の身体の何処を触れられたのか、全く分かりませんでした。

 だけれど次には、いつだか酷い風邪を引いて酷い鼻づまりを起こした時に、無理矢理に鼻をかんだ時のような痛みが、ビリビリと痺れていた下肢の辺りから響き、私は訳の分からない恐怖を覚えました。

 そうして身体が縮こまると、痛みは更に強くなってしまい、私はいよいよ恐怖で顔を引きつらせ、暴れることも忘れ、瘧のようにブルブルと身体を震わせことしか出来ませんでした。

「大丈夫、大丈夫だから息を吸って……そうそう、大丈夫、大丈夫……」

 彼は、互いの吐息の熱さ冷たさの全く分からない距離の鼻先から、私の首筋へと額を埋めて。傷んだ白百合のような匂いのする吐息で、何かを堪えるように苦しげに、こうおっしゃいました。

「本当に、貞操など守らずに君を遠くに浚い、思うままに触れてしまえば良かった……」
「え……」

 その言葉の悲痛さに、私は、未だ彼の指先――といっても爪の根本までくらいとほんの少しですが――が、私の内側何処かにある伽藍堂をぐにぐにと引っ掻く度に感じていた痛みさえもが塗りつぶされ、私は、彼を見上げました。

「……そんな顔を、するものではないよ」

 私が一体どんな顔をしていたのかは分かりません。だけれど、それは恐らく泣き笑いだったのではないかと私は思うのです。

 そう言った彼の――私の半身であり、秘密の恋人で、死に別れた身である愛しいロメオ様の顔が、今にも悲痛に泣きそうであるのに、何やらこれから訪れる大いなる喜びに呑まれそうな、泣きながら笑っているかのようなお顔だったからです。

「僕はただ――やっぱり、君の言葉で聞かせて欲しいと思っただけなのだ。僕の願いを、叶えると」

「あっ……」

 そう言いながら彼は頬笑み、今まで私の胸の上に置いていた手でもって、するりと私の胸を撫で、その冷たい指先で私の肋骨を辿るように撫で、臍をくすぐり、更にその下に、掌を下にして指を伸ばして――。

「ねぇ、言っておくれ、ジュリエッタ。ここに――」
「は……んっ」

 そうして、私の臍から下差し込まれた指が、感触も生々しく未だ別の生き物のように蠢く場所が上から圧迫されて、彼の指を爪の形までもを理解させられるかのように締め上げ、私は苦鳴とも悲鳴とも付かぬか細い声を上げ、顎を上げて、彼の手の軌道を確かめました。

「ここに――この腹の中にある胎に僕の精を受けて、この中で僕を作り替えて、生き返らせてくれると」
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