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あたしとマサの話
あたしとマサの出会い編
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アナザー:君の幼なじみ
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> あたしとマサの出会い編 > 2
2
とかく、あたしたち二人の出会いは、肩を預ける壁とほぼ同化するようにして、混雑の極みなホールを意識から閉め脱してあたしに。
奴が「タイミングを見て、ぴょん」と、話しかけて来たこの一言から始まるのだ。
「ここ、空いてますか」
「あ……あう?」
人混みを見下ろすのも、次のクエストの戦略を立てるのにも早々に飽きて。
読書にシフトしていたあたしは、その声に目で追っていた文字からやや視線をはずした
本の下から見えのは、いつの間にかこの二階席にまで浸食していた沢山の脚と声。
そんな状況にも気づかず本を読んでいた自分が急に恥ずかしくなって、思案に眉を寄せる振りをして声を出す。
あぁ諸氏よ! どうか驚かないで聞いて欲しい。
人間という因果な生き物は、三日くらい誰とも会話をしないと声の出し方さえ忘れるのだ。
我ながら、最初によく注文が言えたものだと思う。
それ以前に、どうやって店員さんを呼び止めたのだったかも思い出せない。
「えっと」
――大丈夫、声はちゃんと出た。
早く返事をしないと。焦りながらも、何とか声を絞り出す。
「空いてます……よ?」
ゆっくり顔を上げながらようようその台詞を言い終えて完全に正面を見据えたその時には。
空席の有無を確認したはずの奴は、既に私の真正面に座っていた。
「はへっ?」
なぁんて思わず変な声を出してしまったのには、コミュニケーション不全以上に理由がある。
いきなり視界に奴が現れたこと。
見ず知らずの人間に相席を申し入れるスカウターでも計算できない社交性。
しかも勝手に座った上、中々通らない店員をたやすく呼び止めて「カフェラテ一つ」なんて涼しい声で言っているその空気の読めなさ。
そして――それらなんか霞んでしまうくらいの、もっととびっきりな理由も。
「あれ、どうかしましたか?」
――ふふふ、諸子よ、驚くなかれ。
眉を上げ、思わず大声を出したあたしを見るその顔が、きょうび大学どころかそこらへんの街中でも見かけないような、女のように端正な顔の男だったからだ。
「ん?」
幼い子どものように、無邪気にかくんと首を傾げる様さえ、様になっているのだから、これはいよいよ本物の端正だろう。
(あぁ、端正だ。空気を読むことを免除される生き物、端正だ)
なるほど、ならば空気など読まなくても許されるだろう。
むしろ、こんな端正に相席を申し入れられて断ったら、友人から村八分になるに違いない。
職場でお局に苦いお茶を入れられるに違いない。
まぁ、ネトゲの中でさえギルド以外に友人が居ない、学校どころか定職にも就いていないあたしにはまっさら関係ないことだけど。
「えっと、とっと、えっ……あうっ」
しかし、だがしかし、こちとら、男どころか家族とも挨拶以外の会話をしていない身。
化粧だってしてない上に、異性で唯一の友人で幼なじみにはには「お前って羨ましいくらいに男前な顔してるよな」とマジマジ言われるような顔立ち。
顔を付き合わせた時点でお腹を向けて横になってるかの完全な敗北なのだ。声を失い頭が真っ白になるのは必然ってものだろう。
「あっと、えっとあの……」
読みさしの本を唯一の盾に正視に耐えない顔を隠し、もごもごと口を動かしてみるのが関の山というやつだ。
はっきり言って気持ちが悪い奴だ。普通なら別の世界の住人と仮定して、即刻コミュニケーションを諦めるレベルだ。
じっさい、近所のコンビニでバイトしているおねぇさんは、あたしを男だと間違えて告白してから、一切話しかけてくれない。
勇気を出して声を掛けた相手が同性、しかも顔を真っ赤にして「あたし、おん、おんっ」とか内股でふにゃふにゃモゴモゴと答えてくるだなんて。
恐らくトラウマ物のキモさだったことだろう。
目を合わせてしまった途端、思い出して凹んでしまった。つい、俯く。
「ん? やっぱり迷惑だった?」
が、目の前の端正はというと、あたしとコミュニケーションを取ることを全く諦めなかったのである。
「ちちちち、がががっ、ちが、ちが……!」
「うん。で、なぁに?」
「あわ……!」
俯いた顔をのぞき込まれて、がばっと顔を上げて思わず背筋を伸ばした。
そうしたら嫌でも、枠で切り取ったように視界いっぱいに入ってしまう、見事な端正。紛うことなき端正。
染めているのか、ふわふわなキャラメル色の猫っ毛。大きな目が微笑むように細められると、丸い癖に目尻のきりっとした、所謂猫目だってことが分かる。
身体にフィットしたビロードのような質感の茶色い上着の二の腕は細くて、なのに見える首や肩はぷにぷにしていない。もし筋肉がついていたとしたら相当柔軟な身体なのだろう。
幼いころよく読んだ大好きな絵本の「猫の国のアビシニアンの王子様」を思い出してしまった。
そしてその王子様はといえば、顔を上げたままいきなり固まったまま、自分を凝視し始めたあたしに、にっとチェシャ猫のように微笑む。
そして、まるで猫が香箱を組むように頬杖をついて、その真ん中に小さなおとがいを乗せたのだった。
「はな、ななし……が」
「俺に? 何の話があるの?」
きょとり、首を傾げたその視線は、明後日の方向に視線を逸らそうとした私の目を追いかけて微笑む。
――完全に、人の話を一語一句逃さず漏らさず聞く姿勢だ。
「えっ、えっと、話、話は……」
てめぇの無駄にいい顔で頭から全部吹き飛んじまったよバカーっ!
半泣きになりながら睨むけど、端正王子は動じない。どころか、嬉しそうにうんうんと頷いてみせる。
気づいているのだろうか、「あなたの話にとても興味があります」というその姿勢は、話が下手な人間に対しての拷問だ。
そして、聞く側にとってもそれは変わらないはずなのに。
「あっ、あな、あなた……」
――あなたは、あれですか、マゾヒストですか?
その一言を口に出しそうになって両手で口をおさえて気づいた。
あぁそうか、言ってる意味が分からないって顔をして、また本に目を落とせばそれでいいのだと。
と、その時、端正野郎の頼んだ飲み物がやっと到着した。店員に「ありがとう」と花の咲くような笑顔で笑い、端正はそれを一口啜った。
その後、口を真一文字に結んで睨みつけるあたしを見て、またチェシャ猫笑み。
「あ、因みに黙秘権は無いからね」
そう言って、「追加で君の飲み物のおかわりと、あと、サイドメニューを頼むくらいの余裕はあるよ」と、テーブルからお財布を拾い上げて振ってみせる。
――嗚呼、違いますね、マゾヒストでなくてサディストですねあなた。
がくりと頭を落とした私は、また、「あ、あのあ……」から言葉を発し、そしてやっとこ、一番最初に発しようとした言葉を思い出したのだった。
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