あたしとマサの出会い編
アナザー:君の幼なじみ
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「例えばこのカフェ」

 そのまま長い指でカフェの全体を指すように、中空に八の字を描く。それにつられるように見回すと、流石に客は疎らになっていた。

「今日の昼にあんなに混んでたのは、このカフェの向かいの棟で、ゼミ発表より規模が大きくて学会程の権限がない、他校同学部との懇親会があったからとか」
「へぇ」
「本当に学会とかになるとカフェに入りきらないからね。キミは半年くらいの常連だから知らないだろうけど」

 今日以上の混雑と聞いて、マサのたぐり寄せる情報に一時わいた好奇心の芽は一瞬にして縮んだ。

「うん、止しておいた方がいい。キミは人混み嫌いでしょ?」

 また口に出していただろうかと口に両手を当てれば、「あれ、当たり?」などと無邪気に笑まれた。
 それを見て、ふと肩の力が抜ける。

「くくくく……」
「おや、新しい遊びかい?」

 嗚呼、極度の緊張から安心すると、高笑いなど出るのだな、あたしというのは。
 こいつは、あたしのことを何でも知っていると言ったが、恐らくは、このカフェで見かける範疇でしか知らないのだろう。

 ――例えば、本が好きとか、コーヒーより紅茶派だとか、いつも何時頃ここに居るかとか。

 そういう注意深く見るか調べるかすれば分かることを、さも知っていかのように話しながら推量で探る。占い師なんかが使う手口だ。
 つまり、この男があたしについて何か知っていようと、それは占いのようなもので、推量の域を出ないのだ。
 そして、そういうトークは、あたしのように話しかけられると萎縮する癖にベラベラ喋りたがる人間には覿面だ。

 ……といったことを、説明の難しさに何度も聞き返されたりどもり、最後にはマサに借りたノートの切れ端に絵を描いて何とか説明した。


「うん、まぁその通り。キミのことに関しては情報がないから殆ど推量。で、今みたくキミにぶつけて正誤を見てる」

 今までよりも複雑な内容が、図形の力も借りながらも、初めて自分の言葉で伝わったことに達成感を得て、あたしはフンと胸を張った。

「キミは賢いねぇ。てっきり変な壷とか買わされるタイプかと」
「そんな無駄遣いはしない」

 その頭を、理由は知らないながら、あたしを騙そうとしていた男が誉めて撫でるというのも、それが心地いいというのも変な話だが。
 とかくこの時、いよいよあたしの時代と言っても過言でないほどの達成感を得ていた。
 しかし、物事は必衰。この時代は次の一言であっけなく幕切れを迎える。

「じゃあ、キミに関する情報でとっときの、これはどうかな」
「ほう、生い立ちでも当てるか?」
「いんにゃ。あのさ、キミさ……」

 マサはニヤリと嫌らしく笑うと、こちらに身を乗り出し、耳に口を寄せて来た。
 どうやらまたあたしの動揺を誘うつもりらしい。その手には乗るかと、鷹揚に片目を瞑ってみせたら、マサも笑顔を返して。

「この学校の生徒じゃないよね。というか、仕事も学業も何もしてないでしょ。毎日明け方まで一人で何してるの? やらしいこと?」
「え……?」

 言葉の意味を理解する前にくちゅ、と耳元で音がなった。耳に軽くキスされたのだ。それが与える感覚に背筋を反らすより先、吐息混じりの声が、やや上擦って、吐息混じりの言葉をあたしに流し込んだ。

「寝不足で隈まで作って、あぁ勿体ない。手もこんなボロボロにして」

 手のひら優しくなで回す手が、ここ暫く、本と同じだけ握り続けたコントローラーで出来たタコをつつく。

「しかも昨晩は苛立って壁まで殴ったね? この、ダメニートが」
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