本編
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前日碑 - 連載を意識して書いた部分です。
うーちゃんの独白で、眠りにつくまでの世界の断片です。
僕の見た夢 - 2013/09/16更新
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あらすじ:

ウロボスこと、うーちゃんが10年ぶりに目覚めたその時。
世界は終わり、病院の地下にある秘密結社は天井をぶち抜かれて瓦解し。
一緒に育った線の細い幼なじみはガタイのいい義手の男になり。

そうして、目覚めたばかりのうーちゃんの足下に跪いてこういいました。

「おはようございます、首相」と。

見た目中学生の怪人×ガタイのいい義手の悪の頭領の、ぐだぐだたまにヘヴィな日常風景。

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プロローグ:『僕』のこと。
連載を意識してたので、結構しっかり書いてます。
 突然だけど、君はヒーローごっこをしたことがあるだろうか。

 小さな時、みんな一度はやったことがあるんじゃないかな、と僕は思う。

 ずっと小さい時のヒーローごっこで、僕は、ずっとヒーローだった。
 勿論、棒きれを握れば勇者だったし、談話室の一人掛けのソファに座った時は勇者に神託を下す王様だったけど(神託が何か、なんて、あの頃の僕は知らなかったけど)。

 とにかく、僕は、あの病院に一つ下の病気がちの妹をお見舞いしに行く時、いっつもヒーローだった。

 ヒーローごっこでも、勇者ごっこでも、誰にも絶対に負けず、いっつもピンチに颯爽と駆けつけ、僕を倒してヒーローの役をやろうとする男の子達に正義の力で勝ち続けていた。

 彼らに誘拐される、ビニールの匂いが僅かに残ったカツラを被っていたり、お腹や顔に傷跡が残っていたり、怪人や怪獣に襲われて興奮して悲鳴を上げても一向に青白いままの頬をしたお姫様達も、こぞって僕に助けて貰いたがった。

 伝説の剣より長い点滴のホルダーを下げたり、魔法の使える松葉杖と入院着という名前のローブを装備したり、甲冑の代わりにヘッドギアを被った伝説の勇者達も、みんな僕の神託や命令を受けたがった。

 一度だけせがまれて魔王をやってみたこともあったけど、浚われるお姫様の役を女の子達が取り合って、決まらないまま怖いナースに起こられて、結局お流れになった。

 彼女たちが上げる、普段は黙って眠り姫をしていることが多いせいで、細く掠れた、それでも子どもらしく甲高い悲鳴と、感謝の言葉がヒーローである僕に力をくれた。
 普段は大人しく、本を読んだりゲームをしたりして過ごしている勇者達が、棒のように細い腕を振り上げ、咳込みながら上げる時の声が、僕に王様という役目を思い出させてくれた。

 そうやって僕が必ず王様やヒーローになる理由は、入院している彼らや彼女らより、ただのお見舞いである健康な僕に一番体力があったから――しかも僕は、その頃通っていた幼稚園でもヒーローの役を総なめにするくらい、同級生の中で一番体力があって運動が得意だった――というのと、内緒で妹が教えてくれた理由として、曰く、僕が「いけめん」というものであったからだったらしい。
(らしいというのは、「いけめん」という単語は男の子に言ってはいけない女の子だけの秘密の呪文だと妹が言っていたからだ)

 とにかく、僕は物心がついてから、ずっとヒーローだったし、王様だった。それを自慢に思ったことはなかったけど、当たり前だと思っていた。
 ――怪獣や怪人には『悪い心』しかなくて、それがない僕が、それを倒す側にいるのは当然だと、本当にそう思っていた。

 当時は身体の調子を悪くしてまで僕にくっついて離れない妹や、物心付く前から入院していて、外のことに疎い病院の子達に何かと頼られるからとすっかり大人の気分だったけど――五歳の僕は例に漏れず、無邪気で、馬鹿で、考え無しの子どもだったんだ。

 しかも、ただのごっこ遊びの中でさえ、ヒーローにしかなれなかった、ヒーローの気持ちしか知らない無知な子ども。

 だから――ヒーローにやられる怪人達や怪獣に心があって、その怪人や怪獣を差し向けている悪の秘密結社や団体を運営しているのが、同じ人間だなんてこと、全くもって考えてなどいなかったのだ。

 きっと……例えごっこ遊びの中でだって、一度演じてみれば、どんな気持ちがするか、どんな風に振る舞えばいいのか、少しは分かっただろうに。


 ――結局、無知で馬鹿で子どもだった僕がそれを知るのは、妹の主治医の先生に、「君が協力してくれたら、妹さんの病気を治してあげよう」なんて言われて、ヒーロー気取りで頷いた後だったけど。

 その時、何故か親は席を外していて、急な貧血で倒れて青ざめた顔で眠る妹のベッドの上でチカチカと瞬く蛍光灯の下、僕はそのチカチカに合わせて光る先生の眼鏡を首が痛くなるほどに見上げながら、僕はその決断をしたのだ。

 僕が、無知で悪い人間の心を――人を利用する人間と、利用される側の怪人の心を知っていたら、きっと気づいただろう。自分が正に今、ヒーローに助けられる人間のように、大事な人を人質を取られて、愚かな決断をしようとしていたことに。
 悪の組織も、悪の秘密結社も、悪魔のささやきも、人とそれ以外を隔てる壁も、実は境は案外薄くて、そして身近な所にあるということに。


 そうして――それから時は、あっという間に流れて。
 その取引の一年後、誰よりも健康で優れた身体の僕は、不治の病に罹って妹の代わりに入院させられて、毎日、特効薬だという黄緑色の点滴を流し続けられてついに死んでしまう。

 そうして、それから数日後、六歳で死んだ僕は、病院の地下にある研究所の、ビスが打ちこまれたモルタルの壁に四方を囲まれ、ベッドしかない真っ白で真っ暗な部屋で、目覚めることになるのだ。

 世界を滅ぼす悪の秘密結社が抱える怪人のプロトタイプのうち一匹。改造人間『ウロボス』として。

 え、五歳まではどんな名前だったかだって? そんなの、もう、忘れちゃった。だってそれから後、僕はウロボスとしか呼ばれなかったから。
 しかも、一日数時間の検査の時にしか会えない二人の人に、最後の記憶までのたった五年間、呼ばれたっきりなんだから。

 だからこそね、僕は思うんだ。

 あのままだったら僕はきっと、自分に与えられた『ウロボス』という名前どころか、自分に妹がいて、元々人間だったことさえ忘れてたと思う。
 だからね、僕はね、感謝してるんだ。僕が人間だってこと忘れないように、ずっと人間として扱ってくれた博士と――ちぃちゃん。君にね。
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