本編
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前日碑 - 連載を意識して書いた部分です。
うーちゃんの独白で、眠りにつくまでの世界の断片です。
僕の見た夢 - 2013/09/16更新
1 2-1 

あらすじ:

ウロボスこと、うーちゃんが10年ぶりに目覚めたその時。
世界は終わり、病院の地下にある秘密結社は天井をぶち抜かれて瓦解し。
一緒に育った線の細い幼なじみはガタイのいい義手の男になり。

そうして、目覚めたばかりのうーちゃんの足下に跪いてこういいました。

「おはようございます、首相」と。

見た目中学生の怪人×ガタイのいい義手の悪の頭領の、ぐだぐだたまにヘヴィな日常風景。

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2-1
 次の夢は、最初の夢より少しだけ時間が経っていた。
 夢の中で僕とちぃちゃんは小学生になるかならないかに成長していて、今の僕はそれを何処からか眺めている。
 こういうのは、第三者の視点とか、客観視とか言うものらしいと前に読んだ本に書いてあった。
 博士の進言で、最初の日と比べ、カーテンから射すお日様の光のように柔らかい光になった蛍光灯に照らされた相変わらず白いばかりの部屋で、僕らは並んで床に座り込んで、大きな図鑑を広げてのぞき込んでいた。

 僕が字を覚えてから、僕の白い床と天井とベッドだけの部屋には、本が追加されるようになった。元々、ひらがなの表が全部読めて両親や先生に褒められていた僕だけれど、検査や知能テストを行う中での博士との会話でそれが分かってからは、今度は本を読むということを教えられるようになった。
 最初は絵本を与えられて、文字と絵を結びつけて読むこと――絵を文字で、文字を絵で、それぞれ説明出来るってこと――を教えられた。
 次に、ちょっとだけ絵の減った本を与えられて、本を読んだ次の日に、どんなことが書いてあったかを、博士とちぃちゃんに説明するのが博士からの宿題になった。
 他にすることの無い僕だからこそ、その説明には身振り手振りを加えて、あたかも見て来たことのように説明することになる。
 元々ごっこ遊びの得意な僕だったから、そんなの凄く簡単で。
 ベッドの上で前の日に読んだ冒険の話を身振り手振りで演じる僕を、ちぃちゃんは目を輝かせて、博士はほほえましそうに見てくれた。
 だけれどある時――その時、僕は仲間を率いた海賊の役だった――役を演じながら、僕は博士に質問をした。
「この話に出てくるオウムって、一体どんな生き物なの?」って。
 その話に出てくるオウムは、海賊の一番の友達で凄く良く喋る。僕の知らないような難しい言い回しも知っていて、大人の荒くれ者を笑わせることだって出来るのだ。
 それで羽があって嘴があるんだから、きっと鳥の仲間なんだろう。だから僕はてっきり、オウムは大人くらいの大きさがある、鳥人間だと思ったんだ。
 だって、緑の点滴で一年掛けて作られた僕という怪人がいるんだから、人を笑わせる鳥の怪人がいたっていいじゃないか。だけれど読み進めるうち、そのオウムという怪人は人の肩に乗るくらいの大きさだと書いてある。それで、僕の頭は益々混乱してしまった。
「ねぇ博士、人の言葉を喋るのは人だけじゃないの?」
 僕のその質問に、博士はいつも見せる、困ったような悲しそうな顔をして、何か言おうとしたけれど。
「ばかだなぁ、うーちゃん。オウムはしゃべるとりなんだぜ!」
 隣のちぃちゃんがそう言って立ち上がり、得意げに胸を張った。
 その頃ちぃちゃんは字も本も苦手で、あいうえお表も半分しか読めないし、絵本も声に出してじゃないと読めなかった。ちぃちゃんは同い年の僕がすらすらと本を読んで、博士に――ちぃちゃんのお母さんに――褒められるのが、内心面白くなかったのだろう。
 だから、いつも僕ばかりを褒める博士の前で、僕をばかと言うことでちぃちゃんなりに鬱憤を晴らしたかったのだろう。
 だけれど、その頃僕は――身体だけは二度の『脱皮』で大分大きかったけれど――ちぃちゃんと同じ、まだ小学校に上がらないほんの子どもだった。
「ばかはちぃちゃんだよ。人間の言葉を喋る生き物は、人間だよ!」
 だから、ちぃちゃんが褒めて貰いたい相手である博士の前でそんなことを――ばかなんて酷い言葉を――言って、ちぃちゃんの、小さな胸にあったおっきなプライドをえぐり取ってしまったんだ。
 こんなことを僕が言わなければ、ちぃちゃんは――顔を真っ赤にして吊り目がちの目を更につり上げて、今にも泣きそうな顔をしたちぃちゃんは――あんなこと言わなかった筈なのに。
「なんだよ! うーちゃんだって、かいじんなのに、にんげんのおれよりうまく、にんげんのことばがわかるじゃないか!!」
「千尋っ!!」
 ちぃちゃんが泣きじゃくりながらそう叫んだ瞬間、僕らの喧嘩を黙って見ていた博士がちぃちゃんの名前を叫んで、ちぃちゃんの頬をぶった。
 僕から見てそれは、ほぼ同時に見えたけれど、ちぃちゃんの言いたいことが僕に全部聞こえたってことは、やっぱり博士は全部言ってからちぃちゃんに手を挙げたのだろう。
 ――そんなことを考えられるくらいには、あの時僕はちぃちゃんの言葉に傷ついていなかった。
 そりゃあ、ショックだったけれど、でも自分で自分が怪人だってこと、分かってたのに忘れてたことにびっくりしただけで――結局、この後僕を深く傷つけたのは。
「うっ……う、うああああああああああああん!!」
「……ウロボス、今日はもう帰るわね。千尋には、後でよく言って聞かせます」
 大好きなお母さんに打たれたことで、僕以上のショックを受けて泣き叫ぶちぃちゃの腕を取って僕に頭を下げ、泣きやまないちぃちゃんを引きずりながら部屋の入り口に向かった博士が、振り返り際に浮かべた、辛そうな顔だった。
 ――まるで、僕が『怪人』であるってことが、それを指摘されることが、辛いことだって言いたいような、博士のその顔。
 それは、自動扉が閉じると同時に遠くなった、僕を責めるようなちぃちゃんの泣き声よりも深く、幼い僕を傷つけた。
 そうして僕はその日、幼い僕が妹を助ける為に格好付けて引き受けた『怪人』という役目が、博士にあんな目をさせるような――唯一の友達のちぃちゃんを泣かせるような、可愛そうで、目を背けたくなるような存在なのだと知った。
 ――そして、その痛みが結果として、僕の成長を促進させてしまった。

 翌日、僕はちぃちゃんに謝ることが出来なかった。何故なら、『脱皮』が始まってしまったからだ。いつもなら、博士がついてくれているけれど、その日は断った。
 この『脱皮』が、人間の時には無い営みだったということに、薄々気が付いていた僕は、背中を博士にさすられながら、昨日のあの目を思い出して、胸が苦しくなってしまったのだ。
「博士がいるとよけい苦しいから出て言って」
 麻痺して上手く呂律が回らない舌で譫言のように何度もそう言って、心配そうな気配を漂わせる博士の顔も見れないまま、無理矢理手を突っぱねて僕は博士を部屋から追い出した。何かあったら呼ぶからと約束して。
 だからその日のそれが、僕にとって初めての、一人で行う『脱皮』だった。
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