本編
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前日碑 - 連載を意識して書いた部分です。
うーちゃんの独白で、眠りにつくまでの世界の断片です。
僕の見た夢 - 2013/09/16更新
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あらすじ:

ウロボスこと、うーちゃんが10年ぶりに目覚めたその時。
世界は終わり、病院の地下にある秘密結社は天井をぶち抜かれて瓦解し。
一緒に育った線の細い幼なじみはガタイのいい義手の男になり。

そうして、目覚めたばかりのうーちゃんの足下に跪いてこういいました。

「おはようございます、首相」と。

見た目中学生の怪人×ガタイのいい義手の悪の頭領の、ぐだぐだたまにヘヴィな日常風景。

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ちぃちゃんとの出会い
 地面の底の薄暗い部屋での、それこそ蛇の冬眠のような深い深い眠りの中で、僕は繰り返し夢を見ていた気がする。
 それはウロボスとしての五年の間に現実にあったことだったり、本当はなかったことだったりと様々だったけど、共通したのは、必ずそこにちぃちゃんが居たということだった。

 ――例えば、初めて逢った時のちぃちゃんのこと。

 最初の脱皮から暫くして、博士が連れてきた、博士の息子だというちぃちゃん。僕の一個下で、地上に置いて来た病気がちの妹と同い年の男の子。

 短い黒髪の、おっとりした、丸い垂れ気味の目の博士と違って、きりっとした目つきの男の子。お母さんである博士の脚の間から、片目だけを出してじっと睨みつけるように僕を見ていた。

 その博士に促されて前に出てきて――それでも博士の白衣の裾を持ったまま、ベッドに座る僕の顔をじっと見て、ちぃちゃんはただ一言、「僕、千尋。よろしく」と、ぶっきらぼうに言った。

 うん、と答えた僕は、なんだかちぃちゃんの丸いほっぺたに振れてみたいと思って、手を伸ばそうとした。そしたら、ちぃちゃんはびくりと震えて、博士の背中に戻って行ってしまった。

 もしかして、恐がらせてしまったのかなって、不安になって博士を見たら、博士は何だか意地悪な男の子のようにニヤニヤと笑っていた。

 それに首を傾げてちぃちゃんを見れば、ちぃちゃんは白い――でも健康的な肌を、短い髪から見える耳まで真っ赤に染めて俯いていた。

 そんなちぃちゃんに、僕はずっと忘れていた、いつも妹やその小さなお友達に感じていた、心が「きゅうん」となる感じを久々に思い出した。

 それと、年の近い子達と仲良くなるには、どうすれば良かったのかも少しだけ思い出した。だって、この場所で目覚めてから今まで、僕は博士にしか会っていなかったから、そんなこと思い出す必要がなかったんだもん。

(だってそうでしょ? 注射を打ったり血圧を計ったり、運動のテストをさせる幼稚園の先生やナースさんみたいな偉い大人の女の人と、ただの幼稚園児や怪物の子どもが、どうやってお友達になるっていうの?)

「あのね、千尋くん」

 そう呼びかけて、ちぃちゃんが真っ赤な顔をあげたのを確認し、僕はベッドからずるりと滑り降りた。ううん、滑り降りたつもりだったんだけど、昨日まで、お尻でズリ下がるか、お尻を向けて片方ずつ脚をおろさないと床に脚が付かなかったベッドから、その日は座ったまま床につま先を付けられた。

 だから、僕はつま先立ちになって転び掛けながらも、普通に大人用のベッドから降りることができた。

 それに驚いて思わず博士を見上げたけれど、眼鏡の奥で目を見開いた博士が額に皺を寄せるか寄せないかで、僕はその足下に縋り付くちぃちゃんに再び目線を下げて、三歩の駆け足で歩み寄った。

 いざ真正面に立って分かったんだけど、年が一個しか違わなくて、おぼろげな記憶の僕の妹よりも少し頭の位置が高いちぃちゃんの頭は、これまでに二回の『脱皮』をした僕の喉元の所にあって、身体も一回り小さかった。

 だから、僕は入院着を羽織っただけのむき出しの膝に手を突いて、博士の脚の外側から、ちぃちゃんをのぞき込む必要があった。

 だってちぃちゃんったら、僕が真正面に立ったら、目を見開いてじっと僕を見た後、そのまま博士の真後ろに引っ込んで、お尻に顔を押しつけて隠してしまったんだもの。

「ねぇ、きみ、千尋くん?」

 照れているらしいその様が、余りに子どもっぽかったせいか、僕はちぃちゃんよりずっとお兄ちゃんになったつもりで、大人が子どもにするように優しく話しかけた。
 今のちぃちゃんなら「子ども扱いすんな」と絶対怒ったろうそれを、だけれどその時のちぃちゃんは、顔を横向けてちらりと僕を見た後に、またお尻に額を押しつけて、むずがるようにこくりと頷いた。それが僕の心を一層「きゅうん」とさせて、いいなって気持ちになった。

「あのね、僕、君のこと、ちぃちゃんって呼んでもいい?」

 そのきゅうんを堪えながら、たどたどしくそう言えば、顔は博士に押しつけたまま、その短い髪の頭がさっきより激しく何度もこくこくと上下に揺れた。

「じゃあ僕のことは、ウロボスだからぁ……うーちゃんって呼んで?」
「……うーちゃん」
「うん、うーちゃん」
「うーちゃん!」

 ちぃちゃんは、博士から離れて僕に手を伸ばし、同じように差し出した僕の手を握って嬉しそうに笑った。片手は博士の白衣を握ったままだったけど、黒い瞳をきらきらさせて。

「ちぃちゃん、僕とお友達になってくれる!」
「うん、いいよ!」

 それだけで、僕らは友達になることができた。そう、怪人というものになって、白い部屋で博士と一緒に検査とテストする以外に何にもなくて忘れていたけど、僕らはこんなに簡単に、公園や病院で会う子たちと、簡単に友達になることができたんだ。

 なんで忘れていたんだろう――こんなに簡単に作れる友達はどれも大事な友達で、幼稚園だけでなく、妹の入院している病院にも、その近くの児童公園にも行く僕には沢山の友達が居た筈なのに。

 家に帰ればお父さんとお母さん。外に出れば友達や妹がいて、僕は一時だって一人なんかじゃなかった。入院してても、妹と同じ部屋のみんなが遊びに来てくれた気がする。

 この部屋の中で博士が来る時間以外にするように、ベッドの上で膝を抱えて白い壁をじっと見ながら寝るまで過ごした日なんて、なかった筈だ。

 なのになんで、目覚めてから今まで自分の周りに友達が――同じ年くらいの子どもが居ないのを不思議に思わなかったんだろうか。

 ――ちぃちゃんが、握り返してくれた手は、消毒液の匂いがする博士の冷たい指と違って、こんなにあったかいのに。

 なんで僕は、このあったかさから離れて今まで平気だったんだろう。

「ねぇちぃちゃん、友達ってさ、あったかいんだね」

 ちぃちゃんと手を握り合ったままそう言って頷きあいながら、博士を見上げると、博士は今にも泣きそうに顔を歪めていた。
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