本編
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前日碑 - 連載を意識して書いた部分です。
うーちゃんの独白で、眠りにつくまでの世界の断片です。
僕の見た夢 - 2013/09/16更新
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あらすじ:

ウロボスこと、うーちゃんが10年ぶりに目覚めたその時。
世界は終わり、病院の地下にある秘密結社は天井をぶち抜かれて瓦解し。
一緒に育った線の細い幼なじみはガタイのいい義手の男になり。

そうして、目覚めたばかりのうーちゃんの足下に跪いてこういいました。

「おはようございます、首相」と。

見た目中学生の怪人×ガタイのいい義手の悪の頭領の、ぐだぐだたまにヘヴィな日常風景。

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> プロローグ > プロローグ:『僕』のこと。
プロローグ:『僕』のこと。
連載を意識してたので、結構しっかり書いてます。
 突然だけど、君はヒーローごっこをしたことがあるだろうか。

 小さな時、みんな一度はやったことがあるんじゃないかな、と僕は思う。

 ずっと小さい時のヒーローごっこで、僕は、ずっとヒーローだった。
 勿論、棒きれを握れば勇者だったし、談話室の一人掛けのソファに座った時は勇者に神託を下す王様だったけど(神託が何か、なんて、あの頃の僕は知らなかったけど)。

 とにかく、僕は、あの病院に一つ下の病気がちの妹をお見舞いしに行く時、いっつもヒーローだった。

 ヒーローごっこでも、勇者ごっこでも、誰にも絶対に負けず、いっつもピンチに颯爽と駆けつけ、僕を倒してヒーローの役をやろうとする男の子達に正義の力で勝ち続けていた。

 彼らに誘拐される、ビニールの匂いが僅かに残ったカツラを被っていたり、お腹や顔に傷跡が残っていたり、怪人や怪獣に襲われて興奮して悲鳴を上げても一向に青白いままの頬をしたお姫様達も、こぞって僕に助けて貰いたがった。

 伝説の剣より長い点滴のホルダーを下げたり、魔法の使える松葉杖と入院着という名前のローブを装備したり、甲冑の代わりにヘッドギアを被った伝説の勇者達も、みんな僕の神託や命令を受けたがった。

 一度だけせがまれて魔王をやってみたこともあったけど、浚われるお姫様の役を女の子達が取り合って、決まらないまま怖いナースに起こられて、結局お流れになった。

 彼女たちが上げる、普段は黙って眠り姫をしていることが多いせいで、細く掠れた、それでも子どもらしく甲高い悲鳴と、感謝の言葉がヒーローである僕に力をくれた。
 普段は大人しく、本を読んだりゲームをしたりして過ごしている勇者達が、棒のように細い腕を振り上げ、咳込みながら上げる時の声が、僕に王様という役目を思い出させてくれた。

 そうやって僕が必ず王様やヒーローになる理由は、入院している彼らや彼女らより、ただのお見舞いである健康な僕に一番体力があったから――しかも僕は、その頃通っていた幼稚園でもヒーローの役を総なめにするくらい、同級生の中で一番体力があって運動が得意だった――というのと、内緒で妹が教えてくれた理由として、曰く、僕が「いけめん」というものであったからだったらしい。
(らしいというのは、「いけめん」という単語は男の子に言ってはいけない女の子だけの秘密の呪文だと妹が言っていたからだ)

 とにかく、僕は物心がついてから、ずっとヒーローだったし、王様だった。それを自慢に思ったことはなかったけど、当たり前だと思っていた。
 ――怪獣や怪人には『悪い心』しかなくて、それがない僕が、それを倒す側にいるのは当然だと、本当にそう思っていた。

 当時は身体の調子を悪くしてまで僕にくっついて離れない妹や、物心付く前から入院していて、外のことに疎い病院の子達に何かと頼られるからとすっかり大人の気分だったけど――五歳の僕は例に漏れず、無邪気で、馬鹿で、考え無しの子どもだったんだ。

 しかも、ただのごっこ遊びの中でさえ、ヒーローにしかなれなかった、ヒーローの気持ちしか知らない無知な子ども。

 だから――ヒーローにやられる怪人達や怪獣に心があって、その怪人や怪獣を差し向けている悪の秘密結社や団体を運営しているのが、同じ人間だなんてこと、全くもって考えてなどいなかったのだ。

 きっと……例えごっこ遊びの中でだって、一度演じてみれば、どんな気持ちがするか、どんな風に振る舞えばいいのか、少しは分かっただろうに。


 ――結局、無知で馬鹿で子どもだった僕がそれを知るのは、妹の主治医の先生に、「君が協力してくれたら、妹さんの病気を治してあげよう」なんて言われて、ヒーロー気取りで頷いた後だったけど。

 その時、何故か親は席を外していて、急な貧血で倒れて青ざめた顔で眠る妹のベッドの上でチカチカと瞬く蛍光灯の下、僕はそのチカチカに合わせて光る先生の眼鏡を首が痛くなるほどに見上げながら、僕はその決断をしたのだ。

 僕が、無知で悪い人間の心を――人を利用する人間と、利用される側の怪人の心を知っていたら、きっと気づいただろう。自分が正に今、ヒーローに助けられる人間のように、大事な人を人質を取られて、愚かな決断をしようとしていたことに。
 悪の組織も、悪の秘密結社も、悪魔のささやきも、人とそれ以外を隔てる壁も、実は境は案外薄くて、そして身近な所にあるということに。


 そうして――それから時は、あっという間に流れて。
 その取引の一年後、誰よりも健康で優れた身体の僕は、不治の病に罹って妹の代わりに入院させられて、毎日、特効薬だという黄緑色の点滴を流し続けられてついに死んでしまう。

 そうして、それから数日後、六歳で死んだ僕は、病院の地下にある研究所の、ビスが打ちこまれたモルタルの壁に四方を囲まれ、ベッドしかない真っ白で真っ暗な部屋で、目覚めることになるのだ。

 世界を滅ぼす悪の秘密結社が抱える怪人のプロトタイプのうち一匹。改造人間『ウロボス』として。

 え、五歳まではどんな名前だったかだって? そんなの、もう、忘れちゃった。だってそれから後、僕はウロボスとしか呼ばれなかったから。
 しかも、一日数時間の検査の時にしか会えない二人の人に、最後の記憶までのたった五年間、呼ばれたっきりなんだから。

 だからこそね、僕は思うんだ。

 あのままだったら僕はきっと、自分に与えられた『ウロボス』という名前どころか、自分に妹がいて、元々人間だったことさえ忘れてたと思う。
 だからね、僕はね、感謝してるんだ。僕が人間だってこと忘れないように、ずっと人間として扱ってくれた博士と――ちぃちゃん。君にね。
 
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> 本編 > 1
初出:即興小説

お題:愛すべき暗殺者 制限時間:15分
「ちぃちゃん!!」

 背後に気配を感じて振り返った俺の、咄嗟に繰り出した肘を避け、その下に回り込んで。

「おう、なんだいうーちゃん」

 斜め後ろから抱きついて来たそれが胴に回す細く白いーー一箇所だけが微妙に色の違う両腕を、ポンポンと軽く叩く。

「あのね、ちぃちゃんに朝の挨拶をしようと思ってね、それでね」
「おうおう、ゆっくり喋れや」
「なにさちぃちゃん、ちぃちゃんのくせにー!」

 ついでに頭を撫でてやると、うーちゃんはぷくっと、その肌理の細かい頬を膨らませた。

 うーちゃんは、細身の15歳くらいの少年だ。
 だけど実年齢は俺と同じ25歳になる彼は、器用にも頬の膨らみを保ったまま、少女のように美しい顔をぐりぐりと俺のわき腹に押し付けた。

「そーやって子ども扱いしないでよ! ちょっと前まで、僕のがお兄ちゃんだったのに」

 昔は俺より背の高かったうーちゃんは、今は俺の胸くらいの身長しかない。
 そして、彼の当時の年齢は俺と同じ10歳で、あの頃は俺の方が、彼の胸くらいしか身長がないちびだった。

「ていうかお前、俺より先に皆に挨拶済ませたのか?」
「まーだ! ちぃちゃんが最初!」

 うーちゃんは……ウロボスは、世界を転覆させようと目論んでいた悪の組織という、なんともベタな組織の最高傑作なのだ。
 そして、作者は息子の命を盾に取られた俺の母。

 ――そして、今は。

「じゃあ今済んだだろ。行ってこい。みんな楽しみにしてるんだから」
「はぁい。ちぃちゃんってば再会してから優しくないー!」

 ぶつくさ言いながら俺に促されて執務机の端に置かれた館内放送用のマイクに手を伸ばした、少女のように可憐で純真な、俺の唯一の幼馴染は。

「おはよーございます! ウロボスです! 今日もみんな、仲良くして下さい。お腹いっぱい食べて下さい。家族を大事にして下さい。そしたら僕はいっぱい嬉しいです」

 その、ベタベタな悪の組織を滅ぼした俺が立てた、新しい組織の首領である。
 というか、とある理由から、組織に於いて、現人神とまで崇められている。
 ――うーちゃんは知らないが、主に、俺のせいで。

「お前なぁ……もうちょっとかっこいいことは言えないのか?」
「かっこよくなくていいよ! 大事なことだもん! 僕のことを神様だっていうみんなが、美味しいご飯を食べて、好きな人といたゃいちゃして、明日を信じられたら僕は嬉しいの!」

 そう言って笑顔で胸を張る度に、捲り上げたシャツの袖からちらりと見える、二の腕に出来た小さな傷。

 それを目にする度に、俺の、義手と肉との境目がチクチクと痛むことに、恐らくこの幼なじみは気づいてなど居ない。
 
> 本編 > 2
即興小説から。加筆。R15
お題:同性愛の駄洒落 制限時間:15分
「ちぃちゃん! 僕は女の子をはらますのはつかれました!!」
「………」

 いつものまばゆい笑顔で、挙手と共に答えた我が首領。彼の言葉に俺は、来週一杯の『巫女』を選んで貰う為に用意した名簿を持って沈黙する。

 円環の蛇ウロボスと、その力を持つ美貌の少年姿の怪人を首領に置く我が組織は、はっきり言って人数が少ない。

 前身である悪の組織の使っていた地下の王国をそのまま引き継いだ我々の同志は、どうしたって少ないのだ。おい、今のは駄洒落じゃないぞ、うーちゃん。

 そしてまぁ、我々の小さな国はいわば王制を敷いた小さな宗教国家のような物である。
そして、小さな国の国民の義務が、国民または臣民を増やすことであれば、その王国の現人神の義務はというと……。

「ねーぇー。ちぃちゃん、いいかげん諦めてよぅ! ちぃちゃんの言うように毎日日替わりで女の子とエッチしてるけど、子なんて生まれないじゃない。僕はきっと、作られた時に去勢されちゃってんだよー」

 それに僕は子どもなんて要らない、ちぃちゃんの子なら育てると胸を張る幼馴染に、俺はいよいよ頭が痛くなる。

 ちいさな宗教国家の現人神の義務は、その祝福された血を次代に繋ぐこと。

 そして、それこそが神であるうーちゃん……ウロボスの地位を高めることに繋がり、ついでにウロボスの強い血を受ければこの組織を本当に国にすることも可能であろう。

 そう判断した俺は、うーちゃんに毎日、年の近い女の子をあてがうことにした。

 うーちゃんには義務だから、喜んで身を捧げる女どもには、栄誉である、と言い含めて。
 最初は、生殖という得体の知れない行いに恐怖してたうーちゃんは、うーちゃんの「ちぃちゃんがお手本見せて」の通りに、目の前で教えて、ついでに世の支配者に習って経験豊富な女を教育係として何とかなった。

 気に入った女子が出来るまで……と、日替わりに女を侍らせてはいても、未だお気に入りが出来ないのは悩み所だが。
 もし、うーちゃんが一人を愛するようになったら、その方が……とそこまで考えて思考を止める。

「でも、うーちゃん、射精は出来るだろ? それに、気持ち悪い訳でもない」
「そう、だけどさぁ……」

 そこでうーちゃんは何か言いたげにじっと俺を見上げ、困ったように肩を竦め、珍しく何かを言いよどんだ。

「どーした、うーちゃん? もしかして生娘は好みじゃなかったか?」
「えっと、違うけど……」
「そうか」

 そう素っ気なく応えたものの、正直、経験豊富な女を寄越せと言われなかったことに、俺は内心でほっとしていた。
 というのも、今、うーちゃんに求められていることというのは『純粋なウロボスを繁殖させること』であり、ぶっちゃけ言うと、他の男と関係がある可能性のある人間は極力避けたいのだ。
 普通の人間同士の交合なら、女の側に監視でも付ければいいのだろうが、生憎、うーちゃんは未だ生態の分からないウロボスだ。
 犬や猫のように、彼のDNA情報が先に女に出した方と混ざり合ってキメラが生まれる……なんてこともあるかも知れない。
 なので、生娘を用意し、毎度交合の度に俺が立ち会い人となっている訳なのだが。

「うん……」

 そう答えたうーちゃんは、白い頬を、先ほどの行為でも見られなかったようなバラ色に紅潮させ、また何かを言いよどんで目を伏せた。

 その何かを言いよどみながら照れているうーちゃんを見てふと、うーちゃんがこの通り可愛いせいで、口さがない連中がしている、俺に関する噂を思いだした。
 曰く、「首領は、本当はウロボス様を抱きたいから『儀式』に立ち会うんだ」というもの。

 ――もしかしたらうーちゃんは、それで余り乗り気では無いのかも知れない。
 確かに、気心の知れた仲とはいえ、最中ずっと見られるのは気まずいし、何かしらの下心を感じて勃つ物も勃たないかも知れない。

 ……少なくとも、俺の見る限り、うーちゃんは、そういう行為を作業と割り切っているのか、腰を入れながら息一つ乱さずこちらに話しかけて来たりする訳だが。

「もしかして……俺が居ない方がいいか?」
「ううん! 居てくれた方がいい!!」

 だけれど、俺がそう聞いた途端、それまでもじもじしていたうーちゃんは、弾かれたように顔を上げ、そう強く言い切った――かと思えば、また顔を赤くして俯いた。

「あの、その、ね……ていうかさ、ち、ちぃちゃんが居ないと、な、何か分からないけど、僕、その、ね」
「あぁうん、俺が居ないと何?」
「えぇとその、その……」
「何、言ってうーちゃん。うーちゃんにストレス持たすの、俺辛いよ」
「え、辛いの? ちぃちゃん」
「まぁね」

 そう言って、屈んで目線を合わせようとしたら顔を背けられた。

「――で、何? 言わないと、言うまで聞くよ」

 それに腹を立て、今度は屈んだまま、うーちゃんの両肩を押さえ込む。
 華奢な少年の姿の癖に、実際俺より力のあるうーちゃんは、それを振り解こうとせず、暫くもじもじと身体を揺らした後、目尻を赤く染めたまま、意を決した様子で俺の顔を見た。

「た、たないし……っ!」
「え、なに、フラグ?」
「ち、ちいちゃんが見てないと勃たないんだってば!! 一人でも、何人とやっても駄目なのっ!!」
「お、おう……」
「ねぇもういいでしょ! 僕帰る!!」

 うーちゃんは大声でそう叫ぶと、そのまま部屋を飛び出して、脱兎の如く駆けて行った。


 ……うーちゃんの、羞恥の場所が分からない。
 
> 本編 > 3
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お題:俺は子犬 必須要素:一発ギャグ 制限時間:15分

即興小説より。膝枕プレイ。
「ちぃちゃんちぃちゃん! おいでおいでー!」

 執務机から身を乗り出してブンブン手を振る我が首領殿。……俺は犬か。

「首領、とりあえず椅子におすわり下さい」
「ちぃちゃん今日は機嫌が悪いね」

 ふふん、と胸を張るうーちゃんを半目で見下ろす。が、うーちゃんは動じない。
じっと俺の顔を見上げて、物知り顔でうんうんと頷き。きっと顔を引き締める。

「で、何のお願いですか?」
「えっ、ちぃちゃん分かるの?」

 分からないでか。幼少期の五年、最近の数日を側で一緒に過ごした仲なのだ。うーちゃんが俺に対して知っている何かと同じくらい、うーちゃんについて俺は知っている。

「……それで首領、ご用件は?」

 それを知らしめる為に鷹揚に頷くと、ちぃちゃんはキッと睨むように目を合わせ、薄く形良い唇を開く。

「あのね、ちぃちゃん、膝枕」
「……しろと?」
「違うよ! させて?」

 ぺしぺし、と、少年らしく肉のない太腿をズボンの上から叩くうーちゃんを見つめるが己で分かる程冷ややかになっていく。

「執務」
「首領権限で今日はおやすみにします!」
「朝の挨拶」
「もう済ませました……ねぇ、首領の力は絶対なんでしょ? ちぃちゃんルールだと」
「ちぃちゃんルール言うな、規律と言え」

 ぐぬぬ、と唸りながら互いに睨み合うも、「そのままだと一発ギャグをさせるよ」といううーちゃんの鶴の一声に、結局俺は折れた。

「ちぃちゃん、ソファはちょっと狭かったかなぁ。ちょっと前は二人で横になれたのにねぇ」
「……」

 いつもの昔話を始めたうーちゃんの骨っぽい膝に頭を預け、応接用にある対の二人がけのソファの片方に俺は寝転んでいる。

 身体を無理に曲げて収まったソファ、頭を座ったうーちゃんに預けるその姿勢は中々の羞恥プレイだ。

「寝てもいいんだよ、ちぃちゃん」

 そう言われながら頭を撫でられてるとそれこそ子犬のようだ。
 なのでうぅと唸って抗議を示してみたが、それこそ歌舞伎俳優のように涼しい顔に黙殺され。

 結局俺は小一時間、いい年をして少年に膝枕されるという屈辱をありがたく享受することとなった。
 
> 本編 > 4
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即興小説より。

お題:官能的な夢 必須要素:ハッピーエンド 制限時間:15分
「ちぃちゃん、ちぃちゃん寝たの?」

 横になり、ウトウトと微睡む耳に吐息のようにそっと囁かれた言葉。
それに返事しようとして上手く言葉が出てこないのと、薄目を開けた視界に見慣れたズボンの布地と床が見えて納得する。

 これは夢だ。明晰夢という奴だろうと。

 でなかったら、何故こんな昼間に執務室で、しかも自分と同い年で見た目が15歳の野郎に膝枕なんてされていなくてはいけないのだろう。
そんなことも、考えられないくらい眠いとは、本当にリアルな質感の夢だ。

「ねてる……よ」
「うーそ」
「っ……あ」

 夢の中だというのに引きずられるような眠気に再び目を閉じた途端、笑い交じりの吐息とともに、髪をかきあげて露出させられた右耳を軽く食まれた。

「寝てる子はそんな答え方はしないよ。ちぃちゃんは嘘つきの悪い子だ」
「……うーちゃん」

 本当の、うーちゃんだ、と口の中で呟いたのは、うーちゃんにはちゃんと聞こえていたらしい。今度は耳に溜息を落とされた。

「本当も嘘もないよ、嘘つきちぃちゃん。僕は、いつだって僕だ」

 それは違う。だから俺はむずがるように小さく首を振る。

 うーちゃんは、目覚めてから今まで、コールドスリープの時の年齢に近い言動ーー十歳の子どもらしく、15歳の外見には幼いーー言葉使いと甘えた態度を取っている。

 だけど、俺は覚えている。『脱皮』で、人より何歳も先に成長するようにデザインされたうーちゃんは、知能も先にいっていて、見た目や実際の年齢よりもとても賢かったということを。

 俺と遊ぶ時こそ、お兄ちゃん風を吹かせた子どもらしく振舞っていたけど、俺の見ていないとこーー彼が博士と呼んでいた俺の母親との問診という名の対談ーーでは、敬語を完璧に使って何らかの問答を行っていたし、いつからか母親がうーちゃんに毎日渡す課題図書は、洋書になり、最後には英語のプリントされたコピー用紙になっていた。

「うーちゃんの、そういうとこ、嫌い」
「どーゆーとこ?」
「なんでも、俺に合わせる……とこ」
「ふぅん、僕が無理してるってことー?」

 頭の上から聞こえる意地の悪い声を振り払おうと、腕を動かしてみる。

「あれ……?」

 けれど、俺の腕はうーちゃんの艶やかな頬や、長い前髪の先にさえ触れることなく、どころか何度振っても指先に何かが当たる感触さえ無い。

「ふふっ、ちぃちゃーん? これなぁーんだ」

 訝しく思って薄目を開けると、それを見越したうーちゃんが、俺の顔をのぞき込んでいた。
 そして、その両腕に大事そうに抱えられているのは――。

「……かえせ、俺の、腕……」
「えー? どぉしようかなぁー?」

 俺の義手を抱え、うち一本の指を細い頤に当て、きょろっと首を傾げてみせる姿に舌打ちをし、取り返そうと身体を起こそうとしたが。

「ぐっ」

 つい今し方、うーちゃんの頬に押しつけられていた義手の手のひらが、思い切り顔を押さえつけて、俺は再びソファに逆戻りした。

「――もう一回目をつぶって、今度は僕を抱えて眠ってよ。そうしたら、返してあげる」
「う、ん」

 それが本当だったのかどうかは、俺には分からない。

 何故なら、次に目覚めた時、俺は相変わらずうーちゃんの膝に頭を抱えられていたし、右手は元に戻っていたから。
 俺の罪の証は残っていたから。
 
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ちぃちゃんとの出会い
 地面の底の薄暗い部屋での、それこそ蛇の冬眠のような深い深い眠りの中で、僕は繰り返し夢を見ていた気がする。
 それはウロボスとしての五年の間に現実にあったことだったり、本当はなかったことだったりと様々だったけど、共通したのは、必ずそこにちぃちゃんが居たということだった。

 ――例えば、初めて逢った時のちぃちゃんのこと。

 最初の脱皮から暫くして、博士が連れてきた、博士の息子だというちぃちゃん。僕の一個下で、地上に置いて来た病気がちの妹と同い年の男の子。

 短い黒髪の、おっとりした、丸い垂れ気味の目の博士と違って、きりっとした目つきの男の子。お母さんである博士の脚の間から、片目だけを出してじっと睨みつけるように僕を見ていた。

 その博士に促されて前に出てきて――それでも博士の白衣の裾を持ったまま、ベッドに座る僕の顔をじっと見て、ちぃちゃんはただ一言、「僕、千尋。よろしく」と、ぶっきらぼうに言った。

 うん、と答えた僕は、なんだかちぃちゃんの丸いほっぺたに振れてみたいと思って、手を伸ばそうとした。そしたら、ちぃちゃんはびくりと震えて、博士の背中に戻って行ってしまった。

 もしかして、恐がらせてしまったのかなって、不安になって博士を見たら、博士は何だか意地悪な男の子のようにニヤニヤと笑っていた。

 それに首を傾げてちぃちゃんを見れば、ちぃちゃんは白い――でも健康的な肌を、短い髪から見える耳まで真っ赤に染めて俯いていた。

 そんなちぃちゃんに、僕はずっと忘れていた、いつも妹やその小さなお友達に感じていた、心が「きゅうん」となる感じを久々に思い出した。

 それと、年の近い子達と仲良くなるには、どうすれば良かったのかも少しだけ思い出した。だって、この場所で目覚めてから今まで、僕は博士にしか会っていなかったから、そんなこと思い出す必要がなかったんだもん。

(だってそうでしょ? 注射を打ったり血圧を計ったり、運動のテストをさせる幼稚園の先生やナースさんみたいな偉い大人の女の人と、ただの幼稚園児や怪物の子どもが、どうやってお友達になるっていうの?)

「あのね、千尋くん」

 そう呼びかけて、ちぃちゃんが真っ赤な顔をあげたのを確認し、僕はベッドからずるりと滑り降りた。ううん、滑り降りたつもりだったんだけど、昨日まで、お尻でズリ下がるか、お尻を向けて片方ずつ脚をおろさないと床に脚が付かなかったベッドから、その日は座ったまま床につま先を付けられた。

 だから、僕はつま先立ちになって転び掛けながらも、普通に大人用のベッドから降りることができた。

 それに驚いて思わず博士を見上げたけれど、眼鏡の奥で目を見開いた博士が額に皺を寄せるか寄せないかで、僕はその足下に縋り付くちぃちゃんに再び目線を下げて、三歩の駆け足で歩み寄った。

 いざ真正面に立って分かったんだけど、年が一個しか違わなくて、おぼろげな記憶の僕の妹よりも少し頭の位置が高いちぃちゃんの頭は、これまでに二回の『脱皮』をした僕の喉元の所にあって、身体も一回り小さかった。

 だから、僕は入院着を羽織っただけのむき出しの膝に手を突いて、博士の脚の外側から、ちぃちゃんをのぞき込む必要があった。

 だってちぃちゃんったら、僕が真正面に立ったら、目を見開いてじっと僕を見た後、そのまま博士の真後ろに引っ込んで、お尻に顔を押しつけて隠してしまったんだもの。

「ねぇ、きみ、千尋くん?」

 照れているらしいその様が、余りに子どもっぽかったせいか、僕はちぃちゃんよりずっとお兄ちゃんになったつもりで、大人が子どもにするように優しく話しかけた。
 今のちぃちゃんなら「子ども扱いすんな」と絶対怒ったろうそれを、だけれどその時のちぃちゃんは、顔を横向けてちらりと僕を見た後に、またお尻に額を押しつけて、むずがるようにこくりと頷いた。それが僕の心を一層「きゅうん」とさせて、いいなって気持ちになった。

「あのね、僕、君のこと、ちぃちゃんって呼んでもいい?」

 そのきゅうんを堪えながら、たどたどしくそう言えば、顔は博士に押しつけたまま、その短い髪の頭がさっきより激しく何度もこくこくと上下に揺れた。

「じゃあ僕のことは、ウロボスだからぁ……うーちゃんって呼んで?」
「……うーちゃん」
「うん、うーちゃん」
「うーちゃん!」

 ちぃちゃんは、博士から離れて僕に手を伸ばし、同じように差し出した僕の手を握って嬉しそうに笑った。片手は博士の白衣を握ったままだったけど、黒い瞳をきらきらさせて。

「ちぃちゃん、僕とお友達になってくれる!」
「うん、いいよ!」

 それだけで、僕らは友達になることができた。そう、怪人というものになって、白い部屋で博士と一緒に検査とテストする以外に何にもなくて忘れていたけど、僕らはこんなに簡単に、公園や病院で会う子たちと、簡単に友達になることができたんだ。

 なんで忘れていたんだろう――こんなに簡単に作れる友達はどれも大事な友達で、幼稚園だけでなく、妹の入院している病院にも、その近くの児童公園にも行く僕には沢山の友達が居た筈なのに。

 家に帰ればお父さんとお母さん。外に出れば友達や妹がいて、僕は一時だって一人なんかじゃなかった。入院してても、妹と同じ部屋のみんなが遊びに来てくれた気がする。

 この部屋の中で博士が来る時間以外にするように、ベッドの上で膝を抱えて白い壁をじっと見ながら寝るまで過ごした日なんて、なかった筈だ。

 なのになんで、目覚めてから今まで自分の周りに友達が――同じ年くらいの子どもが居ないのを不思議に思わなかったんだろうか。

 ――ちぃちゃんが、握り返してくれた手は、消毒液の匂いがする博士の冷たい指と違って、こんなにあったかいのに。

 なんで僕は、このあったかさから離れて今まで平気だったんだろう。

「ねぇちぃちゃん、友達ってさ、あったかいんだね」

 ちぃちゃんと手を握り合ったままそう言って頷きあいながら、博士を見上げると、博士は今にも泣きそうに顔を歪めていた。
 
> 前日碑 > 僕の見た夢 > 2-1
2-1
 次の夢は、最初の夢より少しだけ時間が経っていた。
 夢の中で僕とちぃちゃんは小学生になるかならないかに成長していて、今の僕はそれを何処からか眺めている。
 こういうのは、第三者の視点とか、客観視とか言うものらしいと前に読んだ本に書いてあった。
 博士の進言で、最初の日と比べ、カーテンから射すお日様の光のように柔らかい光になった蛍光灯に照らされた相変わらず白いばかりの部屋で、僕らは並んで床に座り込んで、大きな図鑑を広げてのぞき込んでいた。

 僕が字を覚えてから、僕の白い床と天井とベッドだけの部屋には、本が追加されるようになった。元々、ひらがなの表が全部読めて両親や先生に褒められていた僕だけれど、検査や知能テストを行う中での博士との会話でそれが分かってからは、今度は本を読むということを教えられるようになった。
 最初は絵本を与えられて、文字と絵を結びつけて読むこと――絵を文字で、文字を絵で、それぞれ説明出来るってこと――を教えられた。
 次に、ちょっとだけ絵の減った本を与えられて、本を読んだ次の日に、どんなことが書いてあったかを、博士とちぃちゃんに説明するのが博士からの宿題になった。
 他にすることの無い僕だからこそ、その説明には身振り手振りを加えて、あたかも見て来たことのように説明することになる。
 元々ごっこ遊びの得意な僕だったから、そんなの凄く簡単で。
 ベッドの上で前の日に読んだ冒険の話を身振り手振りで演じる僕を、ちぃちゃんは目を輝かせて、博士はほほえましそうに見てくれた。
 だけれどある時――その時、僕は仲間を率いた海賊の役だった――役を演じながら、僕は博士に質問をした。
「この話に出てくるオウムって、一体どんな生き物なの?」って。
 その話に出てくるオウムは、海賊の一番の友達で凄く良く喋る。僕の知らないような難しい言い回しも知っていて、大人の荒くれ者を笑わせることだって出来るのだ。
 それで羽があって嘴があるんだから、きっと鳥の仲間なんだろう。だから僕はてっきり、オウムは大人くらいの大きさがある、鳥人間だと思ったんだ。
 だって、緑の点滴で一年掛けて作られた僕という怪人がいるんだから、人を笑わせる鳥の怪人がいたっていいじゃないか。だけれど読み進めるうち、そのオウムという怪人は人の肩に乗るくらいの大きさだと書いてある。それで、僕の頭は益々混乱してしまった。
「ねぇ博士、人の言葉を喋るのは人だけじゃないの?」
 僕のその質問に、博士はいつも見せる、困ったような悲しそうな顔をして、何か言おうとしたけれど。
「ばかだなぁ、うーちゃん。オウムはしゃべるとりなんだぜ!」
 隣のちぃちゃんがそう言って立ち上がり、得意げに胸を張った。
 その頃ちぃちゃんは字も本も苦手で、あいうえお表も半分しか読めないし、絵本も声に出してじゃないと読めなかった。ちぃちゃんは同い年の僕がすらすらと本を読んで、博士に――ちぃちゃんのお母さんに――褒められるのが、内心面白くなかったのだろう。
 だから、いつも僕ばかりを褒める博士の前で、僕をばかと言うことでちぃちゃんなりに鬱憤を晴らしたかったのだろう。
 だけれど、その頃僕は――身体だけは二度の『脱皮』で大分大きかったけれど――ちぃちゃんと同じ、まだ小学校に上がらないほんの子どもだった。
「ばかはちぃちゃんだよ。人間の言葉を喋る生き物は、人間だよ!」
 だから、ちぃちゃんが褒めて貰いたい相手である博士の前でそんなことを――ばかなんて酷い言葉を――言って、ちぃちゃんの、小さな胸にあったおっきなプライドをえぐり取ってしまったんだ。
 こんなことを僕が言わなければ、ちぃちゃんは――顔を真っ赤にして吊り目がちの目を更につり上げて、今にも泣きそうな顔をしたちぃちゃんは――あんなこと言わなかった筈なのに。
「なんだよ! うーちゃんだって、かいじんなのに、にんげんのおれよりうまく、にんげんのことばがわかるじゃないか!!」
「千尋っ!!」
 ちぃちゃんが泣きじゃくりながらそう叫んだ瞬間、僕らの喧嘩を黙って見ていた博士がちぃちゃんの名前を叫んで、ちぃちゃんの頬をぶった。
 僕から見てそれは、ほぼ同時に見えたけれど、ちぃちゃんの言いたいことが僕に全部聞こえたってことは、やっぱり博士は全部言ってからちぃちゃんに手を挙げたのだろう。
 ――そんなことを考えられるくらいには、あの時僕はちぃちゃんの言葉に傷ついていなかった。
 そりゃあ、ショックだったけれど、でも自分で自分が怪人だってこと、分かってたのに忘れてたことにびっくりしただけで――結局、この後僕を深く傷つけたのは。
「うっ……う、うああああああああああああん!!」
「……ウロボス、今日はもう帰るわね。千尋には、後でよく言って聞かせます」
 大好きなお母さんに打たれたことで、僕以上のショックを受けて泣き叫ぶちぃちゃの腕を取って僕に頭を下げ、泣きやまないちぃちゃんを引きずりながら部屋の入り口に向かった博士が、振り返り際に浮かべた、辛そうな顔だった。
 ――まるで、僕が『怪人』であるってことが、それを指摘されることが、辛いことだって言いたいような、博士のその顔。
 それは、自動扉が閉じると同時に遠くなった、僕を責めるようなちぃちゃんの泣き声よりも深く、幼い僕を傷つけた。
 そうして僕はその日、幼い僕が妹を助ける為に格好付けて引き受けた『怪人』という役目が、博士にあんな目をさせるような――唯一の友達のちぃちゃんを泣かせるような、可愛そうで、目を背けたくなるような存在なのだと知った。
 ――そして、その痛みが結果として、僕の成長を促進させてしまった。

 翌日、僕はちぃちゃんに謝ることが出来なかった。何故なら、『脱皮』が始まってしまったからだ。いつもなら、博士がついてくれているけれど、その日は断った。
 この『脱皮』が、人間の時には無い営みだったということに、薄々気が付いていた僕は、背中を博士にさすられながら、昨日のあの目を思い出して、胸が苦しくなってしまったのだ。
「博士がいるとよけい苦しいから出て言って」
 麻痺して上手く呂律が回らない舌で譫言のように何度もそう言って、心配そうな気配を漂わせる博士の顔も見れないまま、無理矢理手を突っぱねて僕は博士を部屋から追い出した。何かあったら呼ぶからと約束して。
 だからその日のそれが、僕にとって初めての、一人で行う『脱皮』だった。
 
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